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2019.02.28 / 加工商品

大空のうえん×かくれ里 侘さんの 「ちらし寿司」3月3日(日)販売

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大空のうえん×かくれ里 侘さんの
「ちらし寿司」3月3日(日)販売

3月6日~「弁当・惣菜」も始まります。
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目の前に小田の海。切り立った山に挟まれるように畑が広がる小さな谷。
そこにあるじいちゃんの家にいく。松岡少年の夏休み。
遊びはもっぱら、じいちゃんの畑に石を投げ込むこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい。カズオ。いつかはお前がこの家を継いでくれよ。」
「じいちゃん、わかってるって!」
少年は弾むように笑顔で答える。
それから50年、まさか本当にじいちゃんの家に住むことになるとは思いもしなかった。

「かくれ里 侘」の松岡さんはかつて岡山で魚中心の料理屋を10年間経営してきた。
じいちゃんが亡くなり、空き家になったこの家のこと。それは頭の片隅にあった。
街の再開発から、飲食店の立ち退きが余儀なくされ、これまで一緒に働いてきた妻への休息を考え、
小田のこの「じいちゃんの家」に夫婦で移住を決めた。

なにより心強かったのは、先に移住し有機農業で生活を初めた娘夫婦の存在があったから。
「一緒の生活も楽しいだろう。」
それが「大空のうえん」だ。
同じ谷に家を構え、二世帯で有機農業を始めた。
そして、松岡さんの経験を活かし、そこで採れる野菜や米を生かした古民家カフェ「かくれ里 侘」も経営し生活を始めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

料理の腕は、家業の魚屋で基礎を得た。 魚を選び調理する父親、母親の背中を自然に追っていたように思う。
今思えば、父親は、魚屋らしからぬ味を調える技術と感性は繊細で、季節や四季の移ろいなど細やかな心配りを大切に思う人だった。 そんな心配りを表に出すことのない奥ゆかしさを、いつしか自分の中で美しいものと感じるようになっていた。
もしかしたら、店名の「侘び」はそうありたい自分の姿の理想なのかもしれない。
聞いてないのでわからないが・・・。

パパはずっと「うまい魚を食わしてやりてぇーんじゃ。」と言うとんよ。
岡山なまりの娘むこ「信ちゃん」が、まるで子供をあやすようにパパのことを言う。
妻の病気から「かくれ里 侘」を閉めて1年半、パパはなんとなく元気がなくなってしまったという。
家族からは「パパ」の愛称で呼ばれる松岡さん。
家族全員から大っきい少年のように思われ、愛されている。

「なんとか元気を取り戻してほしい。」
娘夫婦は考えていた。
以前のようなお店の運営は負担が大きいかもしれない。
でもパパの作るお弁当やお総菜ならきっと喜ばれ、パパにも負担が少ないだろう。
家族がそれぞれに家族を思いやっての娘夫婦からの提案。
それが、有機野菜のお弁当。

自分の元気な姿こそ、娘夫婦にとって大切な「幸せの情景」、そして、思い出になるのかもしれない。
いつかの、じいちゃんが元気だったあの情景が思い浮かぶ。
「よし、やろう。うまい料理を食べてもらおう。」
素直にそんな気持ちになった。

お弁当に使う野菜も自分で育てる。
そして今、畑からひとつづつ拾い出している。かつて自分が投げ入れた石を。
戻れない美しい思い出をかみしめて。
「じいちゃん、今わかったよ。」
夢の中にいるように、少年に戻って声にしてみる。
思い浮かぶ「幸せの情景」に、いつかの少年は涙もろくなっていた。

   

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