
column

2022.10.05 / 加工商品
嶺北地方*棚田米生産者の圃場を訪ねました。
文字の向こう側を届けたい。
…と、心底思った2日間でした。
10月4日
嶺北地方棚田米 生産者の圃場を訪ねる
案内してくださったのは、高生連会長の松林直行さん。
大豊町の待ち合わせ場所から、当社佐藤さんの計らいで、
松林さんの車に同乗させて頂き、お話をしながら圃場へ向かうことになりました。
松林さんという方について、少しだけご紹介させていただきます。
~窪川原発反対運動の表現としての塩づくり~
出張前日。
高生連さんのサイトにある会社情報の「沿革」を見てきたのですが、
黒潮町で天日塩づくりに励む「土佐のあまみ」の小島代表とも、
行動をともにしてきたのが、松林さんであることが分かりました。
私は昨年、小島さんのもとを訪ねています。
それを話題に、車中での話が始まりました。
高度成長期、環境汚染が深刻で、公害が露わになった時代。
高知でも“窪川原発反対運動”が起きており、
ちらし配りもしていた松林さんですが、
「効果がないな」と思っていたといいます。
「原発よりも、よりよい生活、豊かさというものを考えて、
塩づくりがあったんです。
塩づくりが勝てば、原発は終わるやろうって思ってね。
とはいえ、技術も場所もお金もない。あったのは情熱だけ。
じゃあ、(塩づくりを)原発の近くでやろうって。
場所は決まったけど、その土地が誰のものなのかわからない。
“ここの土地は誰のですか?”って聞いたんですよ。
アポも取らずに、いきなり土地所有者を訪ねていって
“土地を貸してくれませんか?”って」
2.3回と訪ねるうちに「家に上がりよ」と声がかかり、
話が進んでいったといいます。
「『塩づくりなら公害にはならんやろ』って土地を貸してくれたんです」
こうして、高知での塩づくりが始まりました。
松林さんは原発反対運動の少し前から、
高知での有機農業運動に力を入れてきました。
「高知は生産県。共同購入を細々とやっていても仕方ないと思ってね、
高生連を立ち上げたんですよ。
高生連で扱っている品の90%近くが県外へ出荷されていますよ」
有機農業やオーガニックという概念が広がった今、
松林さんは「学校給食で有機野菜をもっと取り入れればいいのに」と考えていると仰います。
「”みどりの食料システム戦略”があるけれども、
せっかく給食というシステムがあるのだから有機野菜を取り入れて、
その味を子どもたちが覚えていってほしい。
その子らが20年も経てば大人になる。
子を持つ世代になる。
長期戦略として必要かなと思いますよね」
絶景としか言いようがない

やがて車は山を上り始めました。
棚田の風景が現れ始めます。もう、本当に絶景。
私は南米・ボリビアで見た素朴な農村風景を思い出していました。
高地だからこその新鮮な空気。気持ちいい…
さて、昨年も入荷していたお米の生産者、
池添さんの田んぼに到着します。
直後に到着されたのが式地さん。
松林さんが「(棚田米の)元祖のお二人です」と言います。
田んぼがあるこの場所は標高500メートルほどとのことですが、
周囲の山は1200~1300mほどの高さだそう。
昼夜の温度差が10度以上あることも多々。
そのために、美味しいお米ができるとか。
ここ、少し深堀りすると…
「イネという不思議な植物」にて、
著者の稲垣博士は“転流”がよく行われることが
棚田の米が美味しい理由だと述べておられました。
転流とは、植物が日中に光合成によって葉に溜め込んだ糖を
夜に米へ移動させることを言います。
これは、夜の気温が涼しい方がうまく行われるのです。
なぜかというと、夜に暑いと植物は呼吸をしすぎて
そっちにせっかく溜めたエネルギーを消費してしまうんです。
ですが昼は気温が高くないと光合成が上手くいきません。
ですので昼夜の寒暖差があると転流がよく行われるんです。
だから棚田の作られる山間地では転流がうまく行くので
美味しい米が作られるという原理が紹介されておりました。
棚田の米は美味しい? | 北大・育種研の日常 (ameblo.jp)より抜粋
さて、どこから田んぼに水を引いているかというと…遠くの山。
水路の始まりは雲がかかっているところ付近から。
長さは4キロ以上。大正時代に拓かれたそう。
だから名前は「大正井」
あの山です。
そして、訪問時は水路に水が流れていなかったのですが、
水路の水、飲めるそうです!!ペットボトルに入れて持って帰る人もいるといいます。
「ミネラルウォーターっで米作りしているのと同じですね」(松林さん)

左・式地さん 右・池添さん 80代
池添さんも、式地さんも、とにかくもうそのお人柄が佇まいに現れているんです。
稲刈りなどの作業が忙しい時期なので、
お二人にゆっくリお話を伺う時間がなかったのですが、
お米づくりの過程で使う”たい肥”を作っている場所がこの先にあるとのこと。
松林さんの案内で、さらに山道をあがっていきます。
手前はまだ新しく、匂いもありますが、奥の方では…

発酵してます…
近くの「土佐のあかうし」牛舎にも立ち寄りました。可愛い!!
たんぼ、とんぼ


青空がのぞき、本当に美しい風景です。
「今日は雲が多いですが、真っ青な空だと、山の緑、稲の黄、空の青のコントラストが凄いんですよ」(松林さん)
ホント、そうでしょうねぇ。
ところで棚田の斜面は、年に何回か刈るそうです。
松林さんによれば、かつて、田んぼの売買で交わされていた会話が
「お宅、斜面はどれくらいありますか?」。
斜面の面積が広いほうが、価値が高かったそうです。
刈った草が肥料となったり、牛のエサになったりと、
斜面が活かされていたためだとか。
なるほど、なるほど。循環ですね。
もうひとつ、松林さんと交わした車中での話で印象的だったのが…
「トンボが減る一番の原因は農薬なんですね。
でも、農薬を使っていた田んぼを有機の田んぼに戻したら、
一年目に20種類くらいのトンボが戻ってきたんですよ。
トンボって、こんなにも田んぼと影響し合うんだなって。
四万十市には、トンボ自然公園という公園があるんですけど、
牧野植物園ももちろんいいですけども、
県がもっとトンボ自然公園にも力を入れて欲しいなって思うんですよね」
トンボは秋津 秋津は日本
日本は、古くは「秋津」と呼ばれていたといいます。
秋津とは、トンボのこと。昔から稲作が盛んだった日本の田んぼのある風景。
日本書紀によると、神武天皇が大和の国を一望して、
「秋津がつながっている姿のようだ」と言ったことに由来するそうです。
新商品の米粉「あきつっこ粉」(高生連)。
名前の由来、つながりますね。
棚田の保水機能
早明浦ダムの果たす役割が大きいとは四国在住者は既知のことですが、
棚田にも当然水が溜まる。
「棚田もひとつのダムなんですよ」(松林さん)。
ダムに比べたら深さはないけれど、面積は広い。
全て合わせたら、相当の保水力があると想像できますよね。
さて、あかうしの牛舎にいる時、
池添さんから松林さんに連絡があったそうで、「お土産を」とのことでした。
来た道を戻り、池添さんのご自宅の前へ。
袋のなかには、ししとうがたっぷり。
「池添さんのご自宅、とてもきちんとされてますね~。お花もあるし…」と高橋さん。
「そうですよね。池添さんはホント…。田んぼをみたら性格もわかりますよね」と松林さん。
道の駅でお昼ご飯を食べ、松林さんとはお別れです。
とても素敵な方でした。気持ちがいい方でした。
「僕らは“体にいいから”ではなくて、自然保護でこういう活動を始めていった。
ゆがんだサギとか背骨が曲がった魚がいた。
これはおかしいってことで活動を始めたんですよね」と仰っていたことを
強調して私は記しておきたいと思います。
たった一度の自己紹介で、
私たち(高橋さんと白川)の名前を覚えてくださったことに、
とにかく感動してしまったというか。
ぜひまたお会いしたいです。
春日水神市場スタッフ 白川 奈保